他人への発信は自分への声かけ。

具合が悪いとか、物事がうまくいかない、というとき、一見嫌なことばかりに観えますが、自分を観なおす、点検する、そちらに自ずと視点がいきくように起きているんだな、とつくづく思うこの頃でした。

更年期症状が年末からやたら出てきて辛いなあ、風邪が嫌だなあと半身浴を強化しながら、かなり前に購入したこちらの本を最近読み返していました。

【増補改訂版】〈からだ〉の声を聞きなさい―あなたの中のスピリチュアルな友人

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何度も読んでいるから、ピンクやイエローの蛍光ペン、黒のボールペンで何度も囲ったり、付箋をベタベタ貼っているので、もう逆に見にくいじゃん!と1人突っ込みを入れつつも、ハッとしたことがありました。

何度も読んでいるにも関わらず、あっ!と気づくのは、グルグル囲っている箇所、蛍光ペンの箇所ほど

また私忘れてた!
傲慢になってた!
外側を見ていた!
自分を他者を裁いてた!

そんな私の中の複雑で混沌とした内側の思考が観えました。

私が嫌だなと他者に感じていたものは、私が認めたくないしゆるしていないから、その人だけに、外側だけにあるみたいに感じてきていたんだなあ。

そうやって自分の中にはない、
って思いたかったよねえ。

もっと私はましな人間だ、
って思いたかったよねえ。

でも自分の中にもあるからこそ嫌だし反応していたんだよね。

大丈夫だよ。

そんな私でも認めるし許すから安心してね。

嫌がらなくても大丈夫だよ。

怖がらなくても大丈夫だよ。

排除したりしないから。

そんな気持ちでいるうち、なんだか自分の中にほっとした、温かなやすらぎを感じました。

私がどんな自分でも認めてゆるしていけば、私は苦手だな、嫌だなと感じることや人、場所がどんどん減っていき、もっとシンプルに軽くなっていくのだろうなあ、と感じました。

残念なことですが、何か嫌な出来事や気分に自分がならないと、自分の内側になかなか気づく機会がありません。

すべては隠と陽というか、ポジティブもネガティブもありのまま両方まるごと受け入れて、物事はいよいよ進むのだなあと感じました。

このような私の気づきがどなたかの何かのヒントになればさらに嬉しいです。

これは他の方に発信しているようでもあり、すべて自分に言い聞かせているなあ、とつくづく思います。

なぜなら、ぐるぐるボールペンで囲っても、蛍光ペンをひいても、付箋まで貼っても!!大切なことを日々バタバタと過ごしているといつのまにか忘れてしまう。

なるべくそうならないよう、なりにくいよう、お守りみたいに書いています。

お読みいただきありがとうございます。