癒された、優しく成長し続ける世界へ

精神科医水島広子先生著作の『女子の人間関係』を読みました。

https://amzn.asia/d/9mghyXI

女性特有の困ったところを、かっこつきの女=「女」とこの本では表記し、「女」を低くしていき、「女」が高い人といかにうまく付き合うか、のヒントが書かれていました。

そして世の女性がお互いに「女」を癒す。

自分に意地悪をしてくるような「女」であっても、それら心のカラクリを理解したうえで、「あなたはすごいね、よくやっていて素晴らしいね」と褒めて認めてあげれば次第に「女」は癒され、女、としてお互いに成長していける、ざっくりいうと、こんな感じの内容でした。

なるほど、と興味深く読みましたが、私は女性でありながら「女」を理解してこなかったなあ、ととても感じました。

「女」は傷ついてきた人であり、虐待を受けてきたような人たちと、実際にはそのような経験はなくても、同じような傷ついた心模様にある、とのこと。

そこはよく理解できましたが、自分に当てはめてみると、私はまた、何かちょっと違うなあ、とも感じました。

私自身も、傷ついてきた「女」であり、傷ついてきた「女」の母に育てられて、それをロールモデルのように観てきてしまってはいるのですが、また何か違う。

女性は長い歴史のなかで、みなどこかで傷ついてきたのだと思います。

これは女性に限らず男性もそうだと思います。

ただ女性は、選ばられる性、だから、誰に選ばれたか、が比較や妬みとして出てくる、みたいなことが書かれていて、本当に社会的にもそのような事実があるとは思います。

が、私個人は、そんなことよりも、いかに独りで生きていけるかを1番やらなければいけない事のように思ってきて、そこがうまくできないから苦しんできたように感じます。

結婚して幸せそうじゃない母を観て、母から「女だってやれば何だってできる時代なんだから頑張りなさい。」と期待の言葉をかけられながら思春期までをプレッシャーのなか過ごします。

祖母や母が、祖父や父の言いなりで、2人とも交互に愚痴や不満を私に言ってくるなか、1番やらなければいけないことは、独りで生きていける、経済力、精神力だ、と強く感じました。

が、実際にはどっぷり共依存のなかで育てられた私は何をするにも自信がなく、恐れと不安で生きることそのものに難しさを感じています。

高い理想ばかりを掲げながら、現実には家族の顔色にふりまわされて無意識に人の世話に走る日々。

この自分のなかの解離が激しくて、理想と現実のギャップに絶望し、それでも抗っていろいろ挑戦してみたりすることに忙しく、他の女性が何を考え感じているのかを、思いやる時間を持ててこれなかったのではないか、と感じました。

10代には自分の人生に絶望し、普通の女性が感じるような幸せとは無縁だろうと思い、私はもう変わった人の部類だという自覚があったので、この本に書いてあるような一般的な人生を送れているなかでの「女」とはまた違って当たり前なのか、とも感じました。

ただ、お互いに「癒し」ていく、は本当に素晴らしいことだと思います。

また、自分の限界や弱さを表現できるようになって、私はとても生きるのが楽になりました。

弱さを認め、人に甘えたり頼れるようになって、世界はこんなにも優しかったのか、とも感じました。

癒されて生きやすくなる女性が増え、男性もそれに影響されて癒され、優しく成長し続けられる世界であることを願います。

お読みいただきありがとうございます。