女性は自分の内に、男性は自分の外に、傷ついてきたエネルギーを向ける傾向がある。

夫の仕事に付随し、バンコク、プーケットと周っていてつくづく感じるのは、夫はこうして、トラウマを戦闘モードで社会に出ていき闘い抜く、という行動で、解消してきたのだなあ、ということでした。

同じように、幼少期から傷ついてきても、女性の私は、自分責め、という言葉が端的に示すように、自分を責める行動を取るので、内側に向かっていきます。

心も身体も自分虐めになりやすいです。

心理学では、これを内攻化といいます。

夫の場合は、外攻化、外に向かって行動化していきます。

どちらもトラウマから無意識にやってしまう反応ですが、どちらもその傷を癒すことで、和らいでいきます。

昨今の研究結果から、男女差で、トラウマの反応の仕方が違う傾向にあることも、解明されてきているそうです。

ただ、私が感じるのは、内攻化は、明らかに自分が辛い、と感じることばかりなので、本人もなんとかしなきゃ、と思いますが、外攻化のひとつとして、仕事を頑張るのは、パフォーマンスがよい、と評価される側面があるのは事実なので、分かりにくいです。

ですから、本人も、周囲も、それが傷からきている、とは、なかなか気づけないし、それを何とかしよう、というのは、動機付けとして、難しいだろうな、と感じます。

私の内攻化は、かつてに比べて、ずいぶん柔らかく静かになりましたし、夫の外攻化も以前よりは、落ち着いたものになってきたのだろう、と感じます。

それでも、仕事のときの夫のピリピリした戦闘モードな感じ、些細なことでキレたりするとき、あー、周囲も本人も、昔は本当に大変だったろうなあ、と何とも言えない気持ちになります

なぜなら、その姿は、私の父とまるで同じ、に見えるからです。

夫は状況が落ち着けば、謝ったりする余裕がありますが、若い頃の父には、それらの余裕、他者の言い分を聞くスペースはありませんでした。

その父が若い頃、些細なことでキレるのは、小さな私には恐怖でしかなく、ビクビクしているのが私のデフォルトになっていました。

そこに母の守りがなかったため、常に、この世界は危険である、という神経モードになり、過敏で疲れやすく、緊張している子どもの私は、そのまま大人になりました。

が、今は、私が私の親になり、大丈夫だよー、あなたは何も悪くないよー、キレるのは、相手の課題だからね、と、ケアをしてあげられます。

自分と他者の課題をしっかり分別できるように、セラピーを学んできた、と言えます。

が、かつての小さな私は、何か自分が悪いのではないか?間違っているのではないか?と思い、それは、そのまま、私の自信のなさ、存在の危うさ、に直結していきました。

ですから、もし、バリバリ仕事をやっている方だったら、この仕事の仕方は自分の傷からきていないか?ヒリヒリするような戦闘モードでやることが、仕事だ、と思っていないか?点検してみていただきたいのです。

そして、もし、自分は仕事かできない、能力がない、などの思いが強かったとしたら、それも傷からきていないか?思い込みでないか?本当に自分の姿なのか?と、点検してみていただきたいのです。

社会で体現される私たちの働き方、対人関係の在り方は、傷からの反応、である場合が多いです。

自分が今、どんな在り方、働き方であれ、傷を癒し、自分は今、何を体現しているのか?に気づいていくと、同じことをしていても、世界の捉え方、見え方が変わってきます。

そのことをお伝えしたく、こうしてブログを書き、セッションを提供したい、と思っています。

誰もが、自分らしく、輝ける社会であり、世界でありますように。

葛藤や混乱が減ったら、自分の人生が、運命が動きはじめた。

一昨日から、バンコクに夫ときています。

今日、夫と、夫の運転で郊外に買い物に行きました。

夫が運転する隣の助手席から、バンコクの街並みをみていて、3.4年前の私だったら、こんなに与えられるものを簡単に受け取れなかったなあ、ずいぶん私の世界が広がったもんだなあ、とふと感慨深く思いました。

かつての私は、幼少期から傷ついてきたゆえ、自分なかの罪悪感や恥の気持ちが強く、他者の好意を簡単に受け取れないし、与えられない、というような固まった状態でした。

他者に何かしてもらうことを申し訳ない、と極端に負担に感じたり、自分が他者に何かすることも、迷ったり躊躇したり。なかなか決められない、動けない。

一言でいうと、すべてが重く、停滞している、という感じでした。

が、今日、お店に入るないなや、素敵な柄のワンピースが目を引いて、夫が買おうか?試着してみれば?というので、わあ、素敵、と着てみて、とても気に入ったので、即断で購入しました。

夫と、再婚したばかりの頃、夫が何か買ってくれる、というと、罪悪感から、えー、いらないよ、多分そんなに使わないし、とか、必ず最初否定から入り、モタモタ、モタモタ迷っていました。

そのくせ、ほしくないの?なら買わないけど、と夫が言うと、あれ?本当は欲しいんじゃないの?でもお金使わせたら悪いと思っているんじゃないの?、本当は欲しいよね、私?と、自分のの気持ちを確かめるのに、とても時間がかかっていました。

が、今は、どこで、食べるか、何をするか、誰と会うか、などなど、いろんな場面で、決断が早く、動きが軽くなったなあ、と自分比で感じています。

それは、他者に何かしてもらうことも、私が他者に何かできることをしたい、という動きも、すべてに言えます。

セラピーを学び、受けてきて、ひどい葛藤と混乱状態が整理され、傷が癒されていくに従って、スピードが早くなってきた、と感じます。

私の課題は、兎にも角にも、私の内側にある葛藤と、混乱が大きく占めていました。

もし、かつての私のように、一歩が踏み出せない、同じところにずっと凝り固まっている感じ、身動きがとれていない、自分の人生が動き出している感じがしない、などの停滞感を感じていたら、ぜひ、深く自己探求をされていくことをおすすめします。

セッションは、自分1人では手の届かなかったところへ、セラピストを通して掘り下げていけます。

自分の変化を楽しみながら自己探求をし、人生が、運命が動き出した、という体感をしていける人が、1人でも増えていくことを願っています。

1人ではなく、同じ志を持つ仲間とやっていけると尚、良いですね。

出会えることを、楽しみにしています。